車が盗まれました。

ランドクルーザー250。

今年の6月末に納車されたばかりです。

まだ4ヶ月も経っていません。なんならギリギリ3ヵ月経ったくらいです。

人間関係でいえば、

ようやくお互いのことが分かってきた頃です。

そんな矢先に、

突然のお別れとなりました。

別れの言葉すらありませんでした。


その日の朝。

いつものように自宅マンションを出て、

近くの月極駐車場へ向かいました。

いつもの道。

いつもの角。

いつもの駐車スペース。

…………。

ない。

車がない。

実は、

こういうことは初めてではありません。

会食などで帰宅が遅くなった日、

いつもとは違うコインパーキングに車を停めることがあります。

そして翌朝、

いつもの駐車場へ行って、

「車がない!」

と驚く。

数秒後に、

「あ、昨日あっちに停めたんだった。」

と思い出す。

自分で停めた場所を忘れて、

自分で驚く。

非常に効率の悪い一人芝居です。

しかし、

今回は違いました。

昨日の行動を振り返っても、

間違いなくここに停めています。

もう一度、

駐車スペースを見ました。

ありません。

隣も見ました。

ありません。

当たり前です。

ランドクルーザーは、

勝手に隣へ移動するような車ではありません。

どうやら、

盗まれたようです。


警察に連絡しました。

車種。

ナンバー。

最後に確認した時間。

状況を説明します。

会社を経営していると、

予期せぬトラブルはつきものです。

現場条件の変更。

資材の納期遅延。

突然の工程調整。

どれだけ準備していても、

想定外の出来事は起こります。

だからこそ、

経営者には冷静な判断が求められます。

まず、

事実を確認する。

次に、

原因を整理する。

そして、

対応策を考える。

今回も同じです。

事実。

車がない。

原因。

誰かが持っていった。

対応策。

警察に連絡する。

非常にシンプルです。

ただし、

一つだけ問題がありました。

車の中に、

ゴルフバッグが積んであったのです。

…………。

実は、

こちらの方が深刻でした。


翌日。

大切な取引先の、

大型ゴルフコンペが控えていました。

しかも、

先方の役員の方と、

一組目のスタートです。

遅刻はできません。

欠席もしたくありません。

そして何より、

ゴルフクラブがありません。

車は、

車両保険に入っています。

しかし、

明日のティーショットは、

保険では打てません。

私は、

人生で初めて、

ランドクルーザーよりも、

ゴルフバッグの行方が気になりました。


その日の夜。

警察から連絡がありました。

「ゴルフバッグが見つかりました。」

…………。

よかった。

本当によかった。

これで明日のコンペに間に合う。

そう思いました。

しかし、

続けて言われました。

「証拠品なので、まだ返せません。」

…………。

見つかったのに、

使えない。

目の前に希望が現れて、

そのまま連れていかれました。

公共工事でも、

協議が整わなければ、

次の工程へ進めないことがあります。

今回は、

ゴルフバッグの返却について、

警察との協議が整いませんでした。

工期は、

明日の朝です。

非常に厳しい工程です。


私は急いで、

ゴルフシューズだけ購入しました。

クラブは、

ゴルフ場で借りることにしました。

翌朝。

レンタカーに乗って、

コンペ会場へ向かいます。

車も借り物。

クラブも借り物。

自分のものは、

昨日買ったシューズだけです。

大切な取引先のコンペに、

ほぼ手ぶらで参加する社長。

なかなか、

見られない光景だと思います。

しかも、

借りたクラブは、

全部で9本。

通常、

ゴルフクラブは14本まで使用できます。

しかし、

私に与えられたのは、

9本でした。

選択肢が少ない。

番手も限られる。

距離の打ち分けも難しい。

私は思いました。

これは、

経営と同じだ。

経営資源には、

限りがある。

人。

物。

金。

情報。

与えられた条件の中で、

最大限の成果を出す。

足りないものを嘆くのではなく、

今あるもので勝負する。

…………。

もっとも、

今回は経営資源が不足したのではなく、

盗まれただけですが。


そして、

コンペが始まりました。

一組目。

隣には、

取引先の役員の方。

私は、

借り物のクラブを握りました。

普段とは違う重さ。

違うシャフト。

違う打感。

当然、

使い慣れていません。

しかし、

不思議なものです。

余計なことを考えなくなりました。

クラブが少ないので、

迷うことも少ない。

いつもなら、

どの番手で打つか悩む場面でも、

そもそも選択肢がありません。

迷いがない。

というより、

迷えない。

それでも、

一打一打、

目の前のボールに集中しました。

結果。

なんと。

優勝しました。

…………。

優勝です。

ランドクルーザーを盗まれ、

ゴルフバッグも盗まれ、

レンタカーで会場へ向かい、

9本のレンタルクラブで、

優勝。

私は、

少し考えました。

もしかすると、

今まで買ってきたゴルフクラブは、

何だったのでしょう。


そして、

優勝スピーチ。

大勢の参加者の前に立ちました。

実は、

今回のコンペを主催している取引先は、

セキュリティシステムを提供するグループ会社です。

私はマイクを握りました。

「皆さん、本日はありがとうございました。」

「実は私、昨日、車を盗まれまして。」

会場がざわつきます。

「しかも、ゴルフバッグも一緒に盗まれました。」

笑いが起こります。

「今日はレンタカーで来て、クラブも借り物です。」

さらに笑いが起こります。

私は続けました。

「今回の件で、セキュリティの重要性を身をもって学びました。」

「車が盗まれてからでは、遅いんです。」

少し間を置いて、

私は言いました。

「皆さん。」

「ぜひ、こちらの会社のセキュリティに入ってください。」

会場は、

大爆笑でした。


帰り道。

私は、

今日一日を振り返りました。

車を失いました。

ゴルフバッグも、

まだ戻ってきません。

しかし、

ゴルフコンペでは優勝しました。

そして、

主催会社のセキュリティの重要性まで、

皆さんに伝えることができました。

災い転じて福となす。

昔の人は、

うまいことを言います。

経営においても、

想定外の出来事を、

ただの不運で終わらせるのではなく、

そこから何を学び、

どう次につなげるかが大切なのだと思います。

失ったものばかり数えていても、

前には進めません。

今あるものを活かして、

できることをする。

その結果、

思いがけない成果につながることもある。

今回の出来事は、

そんな大切なことを教えてくれました。

ただ、

一つだけ。

どうしても気になることがあります。

車を盗まれた翌日に、

9本のレンタルクラブで優勝できたということは、

もしかすると、

私のゴルフに必要だったのは、

新しいクラブでも、

高性能なシャフトでもなく、

盗難だったのかもしれません。

…………。

次回のコンペまでに、

車の防犯対策は、

しっかりしておこうと思います。