そう、誰もかれもわかってなんてくれない。

説明したところで意味なんてない。

わかってくれとは思わない。

事実懇切丁寧に説明しても、誰もわかってはくれない。

こんにちは♪

株式会社エンドウの遠藤です。

ブログのタイトルってこれくらい、キャッチーなものが良いですよね(笑)

多分開封率高いと思うのです。

人前で話したり、プレゼンしたり、自己紹介するときもそうかなと思っています。

私の自己紹介では、「髪を2週間に1回切ります!」って必ず言います。

そうするとその後の話題が広がるんです(笑)

本当に2週間に1回切ってますが、本当は毎週切りたい。

お金があれば、、、。

さて、経営者たるもの「誰もわかっちゃくれない事」なんていくらでもあるんです。

わかってほしい、理解してほしい。認めてほしい。

経営者である以上、私を承認してくれる人などいません。

しかし人はいないが、市場は私の存在意義を、毎分毎秒というサイトで評価し続けているのです。

ここからは真面目な話ではありません。

私は「焼き魚」が食べれないのです。

刺身は好きです。 ほっけの開きも食べれます。

生魚とか、火が通っているとかそんな話ではないのです。

私は生き物がまるまる一匹焼かれているものが食べれないのです。

焼いたさんま

北京ダック

船盛りのエビの頭がついたやつ。

とかそんな感じです。

理由は一つです。

「死骸にしかみえないから。」

スーパーに並ぶ魚も見れません。死骸だからです。

鮎の丸焼き?食べれません。死骸だからです。

鯛の塩釜焼?食べれません。死骸だからです。

刺身。食べれます。切り身だからです。

エビフライ。食べれます。生物的見た目をしていないからです。

鮭のホイル焼き。食べれます。切り身だからです。

生き物がまるまる焼かれていたり、調理されても原型をとどめているものは食べれないのです。

死骸に箸をつついている自分にとてつもない、嫌悪を抱きます。

(ヴィーガンではありません。)

炎上しそうな気がしますが私個人として、生物がまるまる調理されて原型をとどめているものは食べれないのです。

当然会食の時とかは何食わぬ顔で食べます。

マナーや気遣いを持ち合わせていないわけではありません。

生産者や料理してくださる方に失礼ではないかと言われることもありますが、

失礼が無いようにあらかじめ食べないという選択をしています。

焼肉とかも牛がまるまる一頭焼かれてきたら、びっくりするし、見た目的に食べれないと思うのです。

素晴らしい両親のもとで育ちましたが、こればっかしは譲れないのです。

親の顔が見てみたいとか言わないでください。両親はなんでも好き嫌いせずに食べます。

でも実際タイの屋台で、昆虫とか芋虫が丸焼きで出てきても食べれなくないですか?

冒険心のある方は別でしょうけど、一般的にそれを食べ物として認識していないから

多くの日本人は食べないわけですよね。

それと一緒なんです。

私は生き物の丸焼きを食べ物として認識することが困難な状況にいるのです。

ニンジンが食べれない子供に、細かく刻んだニンジンをハンバーグに紛れ込ませることでニンジンを食べさせたりしますよね。

ニンジンとして認識しないから食べられるのです。

私も生物の丸焼きと認識しないものは食べられるのです。

切り身が食べれる理由もこのニンジン理論と同じなのです。

「子供じゃないんだから。」

「好き嫌いすんな。」

「それでも社長か?」

聞こえてます。

ありがとうございます。

この話をして肯定されたことなど1回もありません。

誰にも認めてもらいないことだって世の中にはあって、

でもそれは犯罪や悪いことでもない限り、他人に非難されるものでもないのだと思います。

他人に理解されないであろうことにおびえる必要はない。

そして理解してもらえるよう努力する必要もない。

誰もわかってはくれない。

そう。

だから誰もわかってはくれない。